プロービングの鉄則
オシロスコープを使った測定では、「測定点とオシロスコープをどうやって接続するか」というプロービングのノウハウを習得することなしに正しい測定を行うことはできません。 誤解を恐れず断言すると、完璧なプローブなど世の中には存在しないため、プローブを被測定回路にプロービングした時点で ”被測定波形は変形します”。その変形いかに最小にするか、そのノウハウの塊が" プロービング"です。
この入門書「プロービングの鉄則」では、プローブの原理やよくある失敗例を元に、失敗しないプロービングのノウハウを解説します。
オシロスコープの精度
オシロスコープは代表的な計測器です。では、測定精度はどの程度なのでしょうか?
電圧を専門に計測するデジタル・マルチ・メータの DC 電圧精度は安価な製品でも 0.1%程度はあります。オシロスコープはある意味で電圧を計測しますが、入力端子における(DC)電圧精度は 2%程度になります。具体例をあげると、電圧感度を1V/div にて正確に振幅が 5V の周波数の低い方形波を入力すると 5 目盛りの振幅になります。
精度 2%とは計測結果が 4.9V~5.1V(5V の 2%なので±0.1V)の範囲になる、ということです。
オシロスコープは電気の変化を波形という形で読み取るものですから、実際の信号は交流成分の集合になります。実はこの交流信号成分を精度よく計測するためには、プローブを正しく使うことが大変重要になります。間違ったプローブの使い方をすると精度は大幅に低下します。
オシロスコープ標準プローブの使い方
オシロスコープを購入すると、多くの場合、標準プローブが付属してきます。この標準プローブはかなりの範囲の電圧信号に対応できますが、正しく測定できる範囲を把握して使いこなすことが大事なポイントです。
波形計測の基礎知識として標準プローブの原理を理解しましょう。
オシロスコープと被測定回路は何らかの形で接続しなければ信号をオシロスコープに導くことはできません。被測定回路の動作に影響を与えないためには、 抵抗は無限大、入力容量はゼロです。
では同軸ケーブルはどうでしょうか?
実際、この構造のプローブは市販されており、1:1 または一倍のプローブと呼ばれています。しかしこのタイプのプローブが使える条件は非常に限られます。その理由はプローブの入力容量が極めて大きいことです。
上図に示されるようにオシロスコープの入力部(BNC コネクタ)の入力インピーダンスは 1MΩで、並列に 10-50pF 程度の容量が並列に入ります。さらに同軸ケーブル自体の容量が加わるために、プローブ先端からみた入力容量は 10pF から 100pF にもなります。
この容量が被測定回路に加わるわけですから、これは大変大きな負荷になり、回路の動作が変わる恐れが極めて高くなります。周波数帯域も大幅に低下するため、実用的ではありません。インピーダンスが充分低く、周波数帯域が低くて済む測定、たとえば電源リップルの測定などが主たる使用目的になります。
この点を大幅に改良したのが 10:1 のパッシブ・プローブです。下図のようにプローブ先端に 9MΩと小容量のキャパシタが付加されます。
9MΩの抵抗とオシロスコープの入力抵抗 1MΩにより、DCにおいては 10:1 のアッテネータとして動作します。AC においても 10:1 の減衰比を得るためには C1 と Cs、C2 の並列容量の比が 1:10、すなわち
C1R1=(Cs+C2)R2 の関係が成り立つとコネクタ部における周波数特性がフラットになります。実際に C1 の値を求めてみると
C1=R2(C2+Cs)/R1=7.8pF
入力部での浮遊容量を 2pF 程度とするとプローブの入力容量は
Cp+C1//(Cs+C2)≒10pF
となり、入力容量は大幅に低下させることができます。入力抵抗は 10MΩになります。感度は 1/10 に低下しますが被測定回路への影響を抑えるように作られたプローブが標準プローブです。では標準プローブの能力を最大限に引き出すにはどうすればよいのでしょうか。
ここからは、実際によくある失敗例を挙げて、プロビング・ノウハウを解説します。
プローブ補正の失敗例とオシロスコープの波形がおかしい場合の対処法
1. 補正したプローブは他のスコープでそのまま使える?
実際に 20MHz のパルスを計測した例です。
プローブは調整をしないと使えません。オシロスコープのプローブ補正用信号(1kHz の方形波)を使って波形が平坦になるようにプローブ先端、または補正ボックスにあるトリマ・キャパシタを調整します。これはプローブとオシロスコープ組み合わせでの調整です。組み合わせを変えて、測定する場合には、再度プローブを補正する必要があります。なぜなら、オシロスコープの入力容量は機種によって異なるからです。もしこの補正がずれていると、どういうことになるでしょうか?
以下の図は、実際に 20MHz のパルスを計測した例です。このようにプローブの補正調整を正しく行わないと大きな波形の歪みが生じてしまいます。
2. アースはつながっていれば OK?
オシロスコープはひとつのチャネルだけを使うわけではありません。多くの場合、2 チャンネル、3 チャンネルと多チャンネルで使用します。この時、プローブ毎にグランド(GND)を接続する必要はあるでしょうか。オシロスコープのチャンネルのグランドは全チャンネル共通ですから一見、1 つのプローブだけグランドをとれば良いように思えますが・・・・答えは「No!」です。
プローブ毎にグランドをとった場合はこのように綺麗な波形が表示されます。しかし、CH2 のグランド・リードを外した場合、このように CH2 の波形は大きく歪んでしまいます
プローブに入力された信号は電流となりオシロスコープに流れ込み、プローブのグランド・リードを通して戻ります。すべてのプローブのグランド・リードを信号グランドに接続する必要があります。
プローブ毎にグランドを接続しなければ波形は大きく歪みます。もし今、波形が歪んでいないとすれば、よほど遅い信号を計測している場合でしょう。
このように遅い信号の観測では気付かなかったことが高周波になると顕著になってきます。
3. 安いプローブで充分?
「500MHz 帯域のオシロスコープを使っているけれど、500MHz まで測るわけでないから手持ちの 100MHz のプローブで代用しよう!」
周波数の低いプローブは、単に周波数帯域が低いだけなのでしょうか?必ずしもそうではありません。周波数が低いプローブは周波数帯域が低いオシロスコープと組み合わせることを前提としているために、急峻な信号に対しての補正がされていないことがあります。このリンギングはオシロスコープの立ち上がり時間に吸収されてしまいますので問題はないわけですが、もし高帯域のオシロスコープと組み合わせたら・・・・・。結果はお解かりと思います。
基本はそのオシロスコープの標準プローブです。
4. プローブをつないだら動作が変わった?
「トラブルシューティングのためプローブを回路に接続したら動作が正常になってしまった。逆に波形確認をしようとしたら動作がおかしくなってしまった。」という経験はないでしょうか?
こんな現象がそもそもなぜ起こるのでしょうか?
理由は、プローブは固有の入力インピーダンスを持っているため、プローブを被測定回路に接続すると、プローブが負荷となって回路の動作に影響を与えてしまったからなのです。
標準プローブはプローブ先端で 10MΩ、10pF 程度の入力容量を持ちます。つまり、プローブを回路に挿入すると、そこに 10pFのキャパシタを入れたのと同等になります。高速ロジック回路の場合、10pF の容量は回路の動作に影響を与える恐れがあります。
そのような場合には、入力容量が極めて低いアクティブ・プローブ(FET プローブなど)を使用することをお勧めします。
5. オシロスコープの波形がおかしい?
「波形を測定したら思っていた以上にオーバシュートがある。本当だろうか?」
こんな経験はありませんか?
場合によってはプローブの使い方が不適切なことがあります。
プローブにはグランド用のリード線があり、信号グランド近くに接続します。しかし、高周波の世界ではリード線は単なる線ではなく、インダクタンスをもったコイルのように振舞います。
このインダクタンスとプローブの持つ入力容量とが共振回路を形成し、測定した信号にリンギングが現れます。
このリンギングを最小にするためには共振周波数を高め、プローブの周波数帯域外に追いやってしまうことです。このためにはグランド・リード線を最小にすることが有効です。
プローブの周波数帯域
オシロスコープやプローブの周波数帯域は前述のように振幅が-3dB になる周波数と定義されます。ではどのような場合でも周波数帯域は変わらないのでしょうか?
実はこの周波数帯域は一定の条件で測定されたものです。それは「25Ωソース・インピーダンスにて」ということです。つまり出力インピーダンス 50Ωのジェネレータを 50Ωで終端し(並列で信号インピーダンスは 25Ωになります)、そこにプローブを接続した場合の周波数帯域です。ですから被測定回路のインピーダンスが高くなるに従い、プローブの入力容量の影響が大きくなり、周波数帯域は減少、立ち上がり特性もなまってくることに注意しなければなりません。
これまでは、標準プローブを使いこなすための諸注意事項を解説してきました。たしかに標準プローブは便利なツールですが、受動プローブには逃れられない問題が 2 つ残ります。
1 つ目は周波数帯域です。およそすべての受動プローブの周波数帯域は500MHz 止まりなので、それより高い周波数は観測できません。2 つ目は10pF もある受動プローブ自体の入力容量です。受動プローブの入力容量が波形を変形させる場合があります。これらが受動プローブの限界です。そこで、さらに高い周波数の測定や軽い負荷を実現できる新たなプローブが求められます。
次回は「プロービングの鉄則」【応用編】と題し、受動プローブでは計測できない場合のプロービングをご紹介します。
テクトロニクスのオシロスコープ・プローブ
テクトロニクスの人気プローブをご紹介します。
電流プローブ(カレント・プローブ)
広いレンジにわたるAC/DCおよびAC専用の電流プローブ。サード・パーティの安全基準(UL、CSA、ETL)に適合、裸線電圧定格をもつ唯一の製品。当社オシロスコープと共に使用すると、自動リードアウト/スケーリングが可能となり、電圧から電流への変換、手動でのスケーリングの設定が必要ありません
差動プローブ
ハイスピード・シリアル規格で使用される差動シグナリングでは、きわめて精度の高い特性評価が求められます。当社の低電圧差動プローブは、業界トップクラスの帯域と信号忠実度が実現されており、信号の細部にわたるまで正確に観測することができます。
アクティブ・プローブ/FETプローブ
アクティブ・プローブは、通常12 Vまでの高速なグランド基準信号の測定に使用します。 これらのアクティブ・プローブは、プローブ負荷を最小にする必要のある、高インピーダンス/高周波回路素子の測定に最適です。